最初にお断りしておきますが、内容についてのことではありません。
「訂正方法」についてのことです。
■2010後期「情報と社会」
http://iedu-is2010.blogspot.com/2010/10/blog-post_13.htmlというページがあります。このページは大学の授業についてのページなのですが、その内容について「情報と社会」なのに「どうなのよ」という内容があったので、#librahackでつぶやいておられる方がコメントで「誤認識なさっておられるのでは?」という点を指摘されると訂正なさいました。
問題はその訂正の方法。
授業のページなので、訂正方法にもそれなりの教育的配慮が欲しいです。
内容を残しておくこと自体が公共の福祉に反するようなことであれば、削除することは必要でしょうが、
オリジナルに錯誤があって、
どの点を修正したのか
という修正の履歴を保存することと、そのような履歴を記録していくことが情報社会を生きるためには必要なリテラシーなのではないでしょうか?
ちなみに、もとのページを魚拓されておられる方がおられました。
http://backupurl.com/kvwq7m内容のことについてはこちらのブログが参考になります。
■脳無しの呟き《土鍋と麦酒と炬燵猫》 2010/10/14
岡崎市立中央図書館事件の本質を理解せず語るな
http://d.hatena.ne.jp/Dullahan/20101014/1286984042
修正箇所を消せとか昔の記事は役に立たないから消せとかうちのWeb担当者(私ではない)から何度言われた事か。確かに修正したもの=みっともないという感覚が学校の文化にはあるみたいです。どう変わったかを残す大切さを説いてはいるんですが。
学校用だと、現在の仕様の方が良い気もしています。
それはそれとして、「訂正箇所を削除」って、何が訂正されたのかがわからなくてかえって不便だと思うのです。
訂正前の情報を見た人に対する配慮ってのが抜けてると思います。
削除したら以前の情報は消えると信じているとしたら、情報リテラシー不足ですよね。「Web魚拓は違法だ」って言い出すんじゃないでしょうか。やだなぁ。